「雪山は危ない」について考える

徒然

はじめに

 「雪山は危ない」、「雪山にだけは行くなよ」という言葉を耳にしたことはないせしょうか。

山登りをする私自身、夏山と比べると雪山は危険だと思います。それでもなぜ雪山に行くのかと問われると、見たことのない美しい景色を自分の目で見て、ときめきたいからです。人によっては積雪期登頂などの記録を目指して登るなど理由は様々かもしれませんね。

 危険を回避することは生物としてごく自然な行動です。しかし避けるだけでなく知恵を凝らして克服してきた結果が、人間の文化を築いてきたとも言えるのではないでしょうか。そう考えると雪山に登ることは、とても文化的な行為といえるかもしれません。

さて、雪山の場合と似た言説に「日本は安全だけど、海外は危ないから行かない」というものがあります。今回は、雪山登山について海外旅行と比較して考えます。海外の危険と雪山の危険を同列に語ることが乱暴なのは承知していますが、危機管理として考えるべきことは近いものがあると思ったので、書いてみます。

 条件が揃えば雪山も手の届く、いや足の届く場所かもしれませんよ。

場所

 海外は危ないという言説は、実感としては2001年の同時多発テロ以降、邦人の誘拐事件などが報じられるようになってから、耳にするようになったと思います。それでも2018年には約1895万人の日本人が海外へ渡航しています。海外が絶対的に危険な場所ならば、これほど多くの人々が出かけるでしょうか。

図  外国人入国者数・日本人出国者数の推移
出典 法務省入国管理局 平成31年1月23日 

 私は海外が危ないかどうかは、日本と比べた場合の相対的なものだと考えます。日本から一歩出れば命の危険がある場所ばかりではないはずです。だからこそ新婚旅行で海外旅行に行く人たちもいるのでしょう。ハワイやオーストラリア、西ヨーロッパの国々など、比較的安全と考えられる地域は日本人にとって人気の観光地です。

図 スペイン グラナダの街

 では、雪山についてはどうでしょうか。実は日本には冬季でもロープウェイで2612mまで登れる木曽駒ケ岳、冬でもたくさんの山小屋が営業している北八ヶ岳など、比較的安全に登れる雪山もあります。そういえばスキー場も雪山ですね。

図 3月の木曽駒ケ岳

 海外も雪山も、今どこなら自分でも行けそうかを見極めることが第一歩です。

道具

 海外旅行では普段の生活で使わない道具も用意します。鍵のかかるトランク、変圧器などをデパートの旅行コーナーで目にします。これらは治安や電力事情が日本と異なる地域で起こりうる危険から、身を守るための道具です。仮に電圧240Vのオーストラリアで変圧器を使わずに日本の電化製品を使用すれば発火などの危険がありますが、変圧器を持参し使用することで安全を担保できます。余談ですが、近年ではスマートフォンをはじめ変圧器内臓の充電器を備えた電子機器が増えたので、日本で流通している製品が海外でもそのまま使える場合があります。

図 ピッケル
友人提供

 雪山登山でも雪や氷、低温など日常生活の場とは異なる危険があります。例えば雪山の登山道では、日中と夜との気温差で溶けた雪が凍り、アイスバーンになっている場合があります。そんな場所を街履きのスニーカーで歩けばたちまち転倒、場合によっては急斜面を滑落してしまいます。そこで雪山ではアイゼン、ピッケル、冬用登山靴など専用の道具(登山においては「装備」と呼びます)を使用します。アイゼンは取外し可能な金属製のスパイクで、登山靴に取り付けることで雪や氷に覆われた地面での歩行時に滑りにくくする道具です。

 海外旅行と同様に雪山登山でも、適切な道具を備え安全を確保することが大切です。

 海外旅行をする際の同行者はどうでしょう。調査によると一人でいくという方もあります(17.0%)が、家族や親しい友人と行く方が多数派のようです。

図 社会人になってからの海外旅行は誰と行きましたか?
出典 exciteニュース 2015年11月
アンケート 学生の窓口調べ集計
対象数 社会人男女365人(インターネットログイン式)

 道に迷った、ホテルのシャワーが出なかったなど、慣れない環境でのトラブルにどう対応するのかといった不安はつきものです。そんな有事に日本語で相談できる人が近くにいれば安心です。旅行会社の企画するツアーを利用する方の心理もこれに近いのではないでしょうか。

 雪崩や滑落、低体温などの危険のある雪山でも複数人で行くことがリスクヘッジとなります。もし雪崩などに巻き込まれた際、同行者のグループ(登山では「パーティー」と呼びます)の内の誰かが難を逃れていれば、救助にあたり生き残る可能性が高まります。雪山登山に精通した経験者やガイドに同行するのがおすすめです。

 また、気の合う仲間と感動を分かち合う、詳しい人の解説を聴き見聞を広めるといった楽しみも生まれますね。

「知識」と「技術」で世界は広がる

 自分にとって比較的安全な場所、必要な道具を見極めるには、相応の知識が必要です。これらは本を読んだり、先達の話を聴くなどして身につけてゆくことができます。

 海外へ行くことも江戸時代のように情報が限られていた時代には、一部の人を除き庶民には考えられないものだったでしょう。しかし21世紀の今は、テレビで多くの外国に関する番組が放送されています。学校教育では地理や歴史などで一定の知識、英語などの技術を身につけることができます。現代の日本人にとって海外旅行は夢ではありません。

図 ニュージーランド クイーンズタウンの街

 自身の知識と技術で踏み込める場所を見極め、一歩を踏み出すことで得られるものがあります。海外に行った人は、日本とは異なる風景や文物に感銘を受け、写真を撮ったり土産を買ったりして、そのエッセンスを持ち帰るでしょう。それは渡航した人自身や周囲の人の世界を広げ人生を豊かにします。

 海外旅行と雪山の異なる点は、海外事情については受け身でも知る機会がある一方で、雪山についてはそれがないことでしょう。危険な存在と認識しているものに対する知識や技術がなければ、不安を覚えるのは当然です。

図 2月の伊吹山

 雪山へ行くことも海外旅行と似た非日常の経験となるでしょう。雪山は厳しくも美しい世界です。雪山の景色は、それを実際に見た人に自然の荘厳さを感じさせます。太陽が降り注ぎ緑が生い茂る夏とはまた異なる、白と青の幻想的な場所です。私は雪山に身を置くことで、自然に対峙する人間の小ささ、雪が水となり山に染み込んで川となり大地を潤すという自然の恵み、そして先達からの知恵を駆使してなんとか生きている人間の力などを感じます。

 文章や写真で表現している私が言うのもなんですが、文章や映像などの編集され圧縮された情報と自ら五感を通して得た情報は、量的にも質的にも歴然とした違いがあると思います。

図 ニュージーランド Gertrude Valley LookoutよりMt. Talbotを望む

あなたの知識、装備とそれを用いる技術で踏み込める場所を見極め、実際に体験することで、あなたの世界はきっと広がることでしょう。

参考

  • 法務省入国管理局「平成30年における外国人入国者数及び日本人出国者数等について(速報値)」法務省、2019年1月23日(最終閲覧日:2020年2月9日) http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00078.html
  • ロックスター「家族・恋人・友人……海外旅行は誰と一緒に行く? 社会人に聞いた『大学時代の仲間→気が合うので楽しい』」マイナビ学生の窓口、2015年11月17日(最終閲覧日:2020年2月9日) https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/24472

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